【ペット・ロスのおはなし 第3回】

Yamanaka Shigetsugu By: Yamanaka Shigetsugu | Posted: 2022/01/29

こんにちは。ペット・ロスを主にカウンセリングしてます山中と申します。
第3回目は、ペット・ロスで不安定な心の状態に付きまとう「想い」へ向き合うことについてお話したいと思います。

「ペットロスで起こっている心の状態」の例

まず一番程度が強いと思うのは「ペットと同じように私も死んでしまいたい」という心情にかられている状態です。
ペットロスとして相談を依頼するということは、「言葉通りの内容を叶えて欲しい」ということではなく、「そういった状態がとても苦しいから救って欲しい」のだと解釈したいです。

でも、心の本当のことは分からないのです。依頼者さんも実はすごく感情的になっていて突発的に想い込んだことから抜け出られないのかも知れないし、そのこと自体をご本人が理解していないないのかも知れません。

もし、本当に言葉通りにしたいのであれば、最初から誰にも言わずに相談依頼もすることは恐らくないのだろうな、ということは言えるとは思います。
それでも相談をすると言うことは、まだまだ理性的で、あるべき形に自分を回復させたいと願っていると推測できるのではと思います。

向き合うことの一つ目は、「自分の心を知る」ことから始まります。
この方は言葉で言うところの「死にたい」ということに代表される感情が前面に出ています。
どうしてそう言うことになっているのでしょうか?それを知るにはペットが亡くなるに至った経緯を辿って行くことになります。

カウンセラーとして、状況を訊かせてもらっています。私自身も状況を理解することで依頼者さんへの感情の起こりを共感することができ、依頼者さん自身が振り返ることで自分の感情を理解していく助けになります。
ただし、依頼者さんにとってはそれは酷なのです。また何度も最愛のペットの死に直面することになります。
ペットが亡くなった経緯が何度もフラッシュバックしてそれに耐えられなくて、ただただ嘆き悲しいだけに囚われてしまいます。
話を訊く中でそう言うことになってしまったら本当に申し訳ないです。落ち着いて悲しいということを話してください。

ペットロスは心の問題ですが、当然ながらペットだけが関係している訳では無いようにも思います。職場での立場、家族関係、友人関係も絡んでくるだろうと思います。それの最大のきっかけがペットなんです。

例えば、一人住まいで、友人が少なくて話し相手もいない場合。家ではペットが心の癒しで話し相手です。
実際ペットは喜んで話を聴いてくれているのか、雑音と思っているのか分かりませんけども、ペットの顔や態度を観ればそれは何となく理解できると思います。

そうやって暮らしていたのが、徐々にペットが高齢になり、病気になったりして看病もしないといけないと言う状況で、さらに仕事が忙しくてペットに時間を割けなかったりします。
そして、僅か2、3日の内に症状が悪化して亡くなってしまいます。

あの時に病院に連れて行けば亡くならなかったかもしれない、仕事で遅くなって疲れていたから次の休日で良いと思っていた。
どうしてあの時に病院に行かなかったんだろう?どうしてそんなに酷いことをしたんだろう?誰かに頼めば良かったのに、頼れる人がいなかった。
きっとペットは私を恨んでいるに違いない。

亡くなる何か月か前に入院できる場合もあります。点滴や手術で痛々しい姿で入院ということもあります。
ペットからしたら、飼い主と離れてすごく不安に思うかも知れません。
そうこうしている間に仕事が忙しくて病院に向かえなくなったりします。
入退院を繰り返してペットの身体にも負担が溜まって行きます。飼い主もペットの死期が近くなって不安になって行きます。
そしてまた入院。ここでもまた仕事のために病院に来れなくて、その間にペットが亡くなってしまいます。
亡くなった後の遺体を引き取って火葬して骨を持ち帰ったりします。
そしてペットのいない自分の家で寂しく感じます。
亡くなったことの悲しみ自体だけでなく、自分が看取れなかったことへの怒りもついて自分を責めます。
仕事も休めない立場で、何とかしたかったけども何ともできなかった。
仕事がいっぱいでペットに気をかけられなかった。何て酷いことをしてしまったんだ。
きっとペットはうちに帰りたかったろうに。私を恨んでいるに違いない。

依頼者が感じていることは、
 ・悲しみ ・怒り ・悔恨 ・不安 ・動揺 ・否定 ・喪失 ・自虐
などです。

通常生活でもどれか一つか二つでしょう。それがペットロスでは一気にたくさん抱えます。そして全部のことが気持ちが良くない方向へ向かわせます。
それで、辛い、苦しい、悲しい、悔しいの連鎖が何カ月も続きます。

私が思うのは、依頼者さんがそんな状態でも相談をしようと言う気になってくれることです。その点は非常に喜ばしい人つの光だと思います。

こういう状況で依頼者さんが一番に話すのは「亡くなったペットに会いたい。私ももうペットの所に行きたい。」です。
心情を理解できるでしょうか?

私が依頼者の様になったとしたら、かつてならそう思うこともあったかも知れません。そういう部分では共感はできます。
ただ、「死にたい」と言うのは今のところ全くありません。そこは死生観やモノゴトの捉え方・感じ方の問題かもしれません。

「向き合う」とは

はい、ここから深堀りしていきます。
どうして依頼者さんはそんな風に思ったのでしょうか?普段どんな風にペットと暮らしていたのでしょうか?

相談の時にペットの写真を送ってもらいます。それを見れば、ペット自身の様子、家庭の様子が大まかに分かります。
次にペットの年齢を再度訊ねます。依頼時に年齢は書いてもらいますが、再度訊ねることでそれが寿命なのか、病気なのか、突然の事なのかを把握します。
年齢が高齢相当なら、人間の年齢に置き換えます。高齢で亡くなるのは自然なことですから。
病気ならどんな病気か訊きます。これも高齢なら病気になるのは自然の範疇ですから。何か食べてそうなったなら食習慣が良くなかったということです。
突然に亡くなってしまったら、どんなことが直前にあったのか、先天的な事だったのか、訊ける範囲で話してもらいます。

一つの狙いは、ペットの死が依頼者さんを含む飼い主の責任でそうなったのかどうかということを知ってもらうことです。
ペットの死はとても悲しいです。でも、それは避けられたものですか?どうですか?と考えてみます。

ペットの寿命はどれくらいですか?長くて5年ですか?15年ですか?50年ですか?そういうことを分かっていてペットと暮らしていますか?
もし、寿命が比較的短ければ、飼い主よりもペットの方がほぼ先に亡くなります。
そういうことは分かっていましたか?

これは自然な事なので、寿命が短いことを信じる信じないではなく、そうであるかどうかなんです。
暮らし始めればいずれ必然的にペットの死に直面することになります。

おおよそ全ての動物は食べられなくなって、水も飲めなくなったら数日で死んでしまいます。
ここは真面目に向き合えないことが多い事柄と思います。普段から死生観については考えておくことを必須としたいものです。
この点についても、ペットの死が飼い主の責任でそうなったのかどうか、ということを知ってもらいます。

食べ物が原因で病気になったとしたら、そのペットがどんな食べ物を食べたらダメなのか知っていましたか?と訊ねると思います。
知らなかったらそれは飼い主の責任が大きいですよね。知る努力は必要です。
知っていて食事に注意しても病気になったとしたら、それは別に何かの原因があったのかも知れません。
ペットになりやすい病気と言うのがありますから、それかも知れません。

全般的にそう言うことがあるかもと思っていましたか?とも訊くとも思います。
ペットを外に出していたら外のモノを食べてそうなったかも知れません。
どこまで飼い主の責任があると思いますか?とまた訊くと思います。

飼い主は、その質問で振り返ることができます。ペットがガンになったのは、安い餌を与え続けたためかも知れないと思ったり、外に出して毒入りのモノを食べたのかも知れないと思ったら、そうさせた自分が原因の一つです。
そう言うことも確認していきます。

ここでは、自分がしたことでなってしまう可能性について理解してもらうことです。

既にしてしまったことを悔やんでも、もうどうにもなりませんし、その時にしなかったのなら仕方がありません。ただそれを認めましょう。
ただその時・その時は一生懸命にペットの世話をしていませんでしたか?
ペットの様子はどうでしたか?そう言った事を想い出してもらいます。

後になって思い返すことは、実際はもうどうしようもなくて、やり直しが効きません。その時に最善のことをしていたと思って認めましょう。
後から思い返して実は最善で無かったとしても、その時はそれが思い浮かばなかったのですから、そういう最善を選択をしたということと同じことです。
ここでのポイントは自分を責めないということです。もし後になって勘違いがあったら悔しい気持ちにはなると思いますが、それも認めましょう。

最初に戻って「亡くなったペットに会いたい。私ももうペットの所に行きたい。」をどう思うか訊ねます。
ちょっとは前と違わないでしょうか?と訊ねます。
色々話してもらうことだけでも溜まっていたストレスを逃すことにつながりますが、自分自身で凝り固めてしまっていた想いを解いていくことができる様になっていると思います。
少しだけ、何か違う自分が感じられたら相談の意義があります。

最初の否定的な気持ちについてですが、「亡くなったペットに会いたい」はどうやったら本当に叶うと思いますか?と訊ねてみます。

これは自分が死にたいという意味なのか、夢で観たいということなのか区別したいということでもあるんですが、よく考えてもらいます。

「相手のことも聴かなくて、自分の事ばっかりで閉じこもっているような人に話しかけたりして、まともにきちんと話ができると思いますか?」

少しだけきつい言い方になるんですが、合理的な話です。死生観がどうかは分かりませんが、普段の社会でもそういう人の所に喜んで会いに来たいと思うでしょうか?
心配してくれる人だったらそばまで来てくれるとは思うけど、それをきちんと受け入れられますか?

そういう気持ちがないと無理じゃないのかと思わないでしょうか?と考えてもらいます。
実は必要があればいずれペットの夢は観れるんですけど、当人が十分にリラックスしないとそんな状況には当然にならないでしょう。

「ペットの所に行きたい」は禁句です。思うのは構わないですが、言って何とかしてもらおうと思うのはダメと思います。
多分願っても合理的に行くのはとても難しいです。まだまだ人生あるのに自分の役割を何とか果たさないといけないのでは?人として甘えてちゃいけないのでは?人として色々思うことがあるはずです。

これも考え方を変えれば「ペットの方が時々来てくれている」と言う風にもできなくはないです。ただ、これは前述の「会いたい」的な話も含めると十分にオカルト*分野でもあるので、依頼者さんの死生観を先に見直す必要はあると思います。

「死」連想させる感情や言葉を使う以上は、ペットの死と関連付けてきちんとそれがどういうモノかを理解しておかないといけないのでは?と思います。そういう事柄に気が付いてもらう様に勧めます。これは「中身そのものを十分に理解しないといけない」という意味ではありません。それをやってみたいのであればそれはそれで良いでしょうが、日常からはどんどん離れて行くことになります。ポイントは自分の考えや感情を自分自身で把握できて、それらに自分自身が惑わされないということです。少なくとも、実際にできることとできないことを区別無しに言うと、自分自身も誰でも意味が分からず混乱します。どうしたらいいの?となります。そういう状態であることに自分が気付きましょう。と言うことです。

次回は、別の「向き合うこと」の事例を紹介させていただければと思います。次回は生き死にの話ではありません。

【補足】カウンセリングでは心の中の隠されて見えないところを対話によって依頼者さん自身が明らかにしていく作業となります。対象は依頼者さんの心の中。十分にオカルトです。ただし、ひとまずは秘術や魔術系の意味は除外してください。そういう性質のモノを探求して役立てて行こうとする姿勢はオカルティストと言うようです。
*オカルト occult 
・goo辞書 より
1 超自然の現象。神秘的現象。2 目に見えないこと。隠れて見えないこと。
 
英語の方が分かり易いですね。品詞を確認して意味するところを捕まえてください。
・小学館 プログレッシブ英和中辞典 より
形容詞  1神秘的な,超自然的な 2秘密の,秘教[密教]的な 3魔術の 4目に見えない,隠れて見えない
5《医学》〈病状などが〉不顕性の,臨床的には気づかれない;〈潜血が〉(便などに)含まれている
名詞 1〔通例the ~〕秘学;秘術 2 UC神秘,超自然的なもの,オカルト
動詞 (他)…を隠す;《天文》〈天体を〉掩蔽えんぺいする;(自)隠れる,見えなくなる

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